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石碑破損
 京都市中京区木屋町通六角下ル都会館 京都龍馬会事務局「龍馬」前に平成21年3月29日建碑された「坂本龍馬妻お龍独身時代寓居跡・京都府知事中井弘幕末期寓居跡」石碑が平成23年10月10日早朝、何者かによって壊されました。


 石碑は高さ約110センチ、幅18センチの角柱で根元から大きく傾き、最上部付近には欠損もあります。
 当日「龍馬」は午前2時過ぎごろまで営業しており、閉店後確認した時には異常はありませんでした。午前6時ごろまで営業していた「都会館」内の飲食店店主の証言によると、午前5時~6時ごろ、石碑付近に置いていた同店の看板を倒すような大きな物音がしたので出てみると若者数人が石碑付近にたむろしており注意したところそのうちの一人が店主に抱き着いてきたので、危険を感じ店内に戻った、その後どうなったかわからないとのこと。
 所轄の五条署に被害届を提出。木屋町通りには防犯カメラが設置されており、都会館付近も撮影されていますので犯人の画像も残っているものと思われます。
 奇遇にも10月10日は中井弘の祥月命日にあたります。多くの方々の募金によって建てられた石碑が心無いものによって壊されたことに憤りを感じます。 一日も早く犯人が検挙されることを期待します。


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お龍 独身時代 寓居跡
お龍 独身時代 寓居跡

2009年3月29日 建碑

此付近 坂本龍馬妻 お龍 独身時代 寓居跡
此付近 京都府知事 中井弘 幕末期寓居跡

京都市中京区木屋町通六角下ル 都会館 「龍馬」前

 坂本龍馬の妻となるお龍(鞆)は、青蓮院宮に仕える医師楢崎将作・貞の長女でした。京都柳馬場三条下ル東側に住んでいましたが、文久2年(1862)6月20日、不幸がおきます。父の死去です。このため母・妹・弟をふくむ6人の遺族は困窮し、「京都の木屋町」もしくは「四条、うら通りの借家」に移住します。
 こののち一家は離散し、お龍(鞆)は単身七条新地の扇岩なる店に入ります。母と妹君江は、洛東大仏南門前(現東山区本瓦町付近)の河原屋五兵衛(五郎兵衛)隠居所の土佐亡命志士の居所に住み込みで働きました。その縁で龍馬とお龍(鞆)は出会うことになります。木屋町の住居は、その直前まで住んでいた地として無視できません。
 というのも、龍馬の書翰に記載されたお龍(鞆)の個性を知るエピソードに、妹光枝が悪い輩にだまされて大坂の遊郭に連れて行かれたが、彼女が単身乗り込み、ついに連れ戻すというものがあります。それが木屋町時代のことです。正確な位置は不明ですが、龍馬が「まことにおもしろき女」と愛したお龍(鞆)のゆかりの地として、ここ木屋町通に建碑するものです。
 なお龍馬やその終焉地の主人近江屋新助とも交流のあった、滋賀県知事や京都府知事を歴任する中井弘も、中井弘蔵や田中幸助と名乗った幕末当時、木屋町の近江屋喜一郎の2階に寄宿していました。あわせて顕彰します。

歴史地理研究者 中村 武生




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